昨日の続きです。
永清寺・いのちの石碑
出島漁港から道に沿って歩みを進めると、高台にお寺が見えます。
境内には「女川いのちの石碑」が設置されていました。再びあの悲しみ、苦しみをあわせたくない、との思いで2014年3月に女川中卒業生一同により設置されました。災害の教訓を風化させないという強い想いが伝わってきました。
ここからは漁港および出島大橋の様子を一望できます。目の前に広がっている海は穏やかで太陽の光が反射してキラキラと輝いています。恵みを与えてくれるとともに、時には猛威を振るうこともあります。畏敬の念を感じざるを得ません。
薬師堂
お寺の左隣には薬師堂がありました。朱色のお堂は色鮮やかで、ところどころに装飾が施されていました。ところが老朽化のためか正面の屋根が一部崩れてしまっていました。修復はそう簡単なことではないことと想像されます。
女川町誌(1960年発行)によりますと、薬師堂境内の地下から鎌倉時代の古碑が発見されたとの記述がありました。遠く離れたこの地まで幕府の影響が及んでいたことは驚きです。
この先も細い道が続いていましたが、時間の都合もあるため引き返すことにしました。
高台
来た道を引き返します。出島大橋に至る道との合流地点に着いたら交差点を左折します。ここから先も緩やかな上り坂となっていました。
標識のあるT字路に着いたら右折します。左側は旧道で先ほど出発した出島地区に繋がっています。
このあたりは高台となっており、廃校となった小中学校の建物が残っていました。さらに少し進むと左側に公営住宅がありました。
広々とした造成地の先に目をやると木々の間からちらっと太平洋が見えます。ところで道路の両脇にはセイタカアワダチソウが繁茂していました(間違っているかもしれません)。島にも渡ってくるなんてものすごい生命力だなと思いました。ところで10月だというのにセミの鳴き声も聞こえてきました。
モニタリングステーション前で2人組の方にお会いしました。私は仙台市から来た者で、宮城県の県道巡りをしている事を伝えました。お相手の方は出島をみちのく潮風トレイルのルートに組み込むための活動をされていると伺いました。
向かい側のお墓の前で再び猫に出会いました。島の猫は好奇心が旺盛なのでしょうか。
寺間
さらに進むと道は森の中に入ってゆきます。緩やかな坂道を下ってゆき、ヘアピンカーブを過ぎたところで民家が見えました。ここから先は寺間集落のはずだと思っていたら、他の民家は一軒も見当たりませんでした。
道の両側には草が生い茂っていました。ここまで津波が到達したということでしょうか。予想外のことにショックを受けました。
傍らには黄色い花が咲いていました。


カーブを抜けると寺間漁港です。北側の空に目をやると秋の青空が広がっていました。漁港の海水も同様に非常に澄んでいて、魚が泳いでいる様子をはっきりと確認できました。私は釣りには興味はありませんが、釣り好きにはたまらないスポットになるのでしょうか。
何とか時間内に県道を一周できました。11:20に第2便の船に乗り込みました。船は出島漁港を経由して女川に戻ります。
到着後、道の駅女川で海鮮丼を頂きました。
以上、今日は心に残る県道探訪となりました。