kongitsune’s diary

宮城県の県道、名所旧跡訪問などの記録

三本松緑地

この間の週末、仙台市青葉区堤町界隈を散歩しました。

県道22号の西側に広がる住宅街を縫うように辿るルートを選び、初めて歩く道をワクワクしながら進みました。住民でなければ、きっと通ることのない道に足を踏み入れるのは、ちょっとした探検気分を味わえて楽しいものです。

この地域は小高い丘に住宅街が造成されており、坂道の多い地域であることを今更ながら発見しました。

台原のシンボルとも言うべきタワーマンション「パークタワー台原」を望みます。

 

この区域には「三本松緑地」と呼ばれる都市公園・緑地があります。仙台は本当に緑が多いことを実感します。

緑地へと続く階段を吸い込まれるように登ってゆきます。地面にはドングリが沢山転がっていて、子どもの頃に沢山拾って家に持ち帰ったことを思い出しました。

 

案内図によると、この緑地は昭和61年に仙台市の「都市緑地」に指定されたそうです。

三本松の由来については、一本の幹から枝が三方に伸びている姿が、遠く仙台城から三本の松のように見え、「三本松」といわれたことに由来しています。

登り切ったところに石碑が建立されています。

大正天皇が皇太子時代の明治44年、軍事演習視察のため宮城県を行啓されたのですが、その際にこの丘を訪れ、街並みを眺められたそうです。この行啓を記念して石碑が建立されました。

石碑には「明治44年4月24日行啓」と刻まれています。

ところが建立された日付は「昭和18年2月11日」。

1943年 - 1911年 = 実に32年後に建立されたことになります。何故、これほど年月が経ってから建立されたのでしょうか。

2月11日は当時の祝祭日である「紀元節」です(現在の建国記念の日)。昭和18年といえば太平洋戦争の真っただ中です。当時、国民に知らされていませんでしたが、この年は戦況が悪化していた時期だったようです。

この時期に建立されたことを考えると、戦時下における国威発揚や、国民の愛国心・戦意を高める目的があったのではないか、そんなことを想像しました。

住宅街の中の森にひっそりと建てられた石碑。歴史の重みをひしひしと感じました。