kongitsune’s diary

宮城県の県道、名所旧跡訪問などの記録

西吾妻スカイバレー

今月上旬、西吾妻スカイバレーを約3年半振りに走行してきました。毎年訪れたいと思いつつも、なかなか機会を見つけられず、気づけばこれだけの時間が空いてしまいました。

紅葉にはまだ早い時期でしたが、県境の峠付近ではススキが風に揺られていて秋の訪れを感じさせてくれました。

白布峠の片隅に県道開通記念碑がありました。「県道米沢猪苗代線開通記念 昭和三十六年十月 福島県」と刻まれています。ちょっと気になり、西吾妻スカイバレーの歴史について調べてみました。

戦後の昭和25年、吾妻地区を含む磐梯・朝日地域が国立公園に指定されましたが、この年、南原村(現在の米沢市南部)の村長に当選した大竹倉次は、白布温泉ー桧原湖畔間を結ぶ観光道路の開発計画を発表しました。観光と産業開発によって村財政の確立を目的としていたそうです。しかしながらマイカーの到来など予想もできない時代でしたから、当時の村民から奇想天外の夢物語として受け取られました。

しかし大竹は実現に執念を燃やし、現地踏査をかさね、米沢市の協力や山形・福島両県の合意をとりつけ、着々と進めてゆきました。難工事の連続でしたが、昭和29年に一応予定路線が開通しました。

その後、事業は南原村から米沢市に引き継がれ、山形・福島県と共に陸上自衛隊の協力も得ながら工事が進められました。

昭和31年、路線名が「早稲沢林道」から「米沢ー裏磐梯線」に改称されました。

昭和36年10月20日、白布峠にて山形・福島両県合同の開通式が行われました。

県境の白布峠には広々とした駐車場があり、トイレも設置されています。この地点の標高は1404mです(標柱の記載より)。

峠から北東の方に目を向けると広大な西吾妻山の山肌が一望できます。紅葉の季節になればさらに美しさを増すことでしょう。天元台高原の建物や施設も確認できます。

昭和36年の開通を記念して、峠に大竹倉次の顕彰碑が設置されたそうですが、調べ方が足りなかったのか、確認できませんでした。

同年、県道の愛称を一般から募集し、正式名称が「西吾妻スカイバレー」に決定しました。1万3114通の応募の中から山形市の13歳の少年の案が選ばれました。なお賞金は10万円だったそうです。現在の額に換算したらどれくらいになるのでしょうか。それにしても当時の人々の熱い想いや期待が窺えます。

昭和38年には定期バスの運行が始まりました。しかしながら、観光道路とはいうものの未舗装であったため、昭和40年から舗装化工事が進められ、同48年7月1日に「西吾妻有料道路」として開通しました。それから30年後の平成15年(2003年)に無料開放されました。

出典:国土地理院地図

スカイバレーにはトンネルが1箇所だけあります。そこには自然の厳しさが背景にありました。

昭和52年4月、白布ゲートから4キロ地点の吉沢地内で土砂崩れが発生。復旧作業が進められていた翌月にも再び大きな崩落が起き、排土しても再三崩れる危険があると判断されました。そこで330mのトンネルを新設することが決定し、同年9月に着工。翌年9月に無事開通を迎え、復旧まで1年半余りを要しました。

当時は多くの観光客が訪れていたこともあり、閉鎖期間中、沿線の白布温泉や天元台温泉は大きな打撃を受けたそうです。あっという間にくぐり抜けたトンネルでしたが、かつての土砂災害とそれに立ち向かった人々の努力があったのです。

記憶に間違いがなければ人生で4度目の西吾妻スカイバレーでした。

 

(参考資料) 米沢市史 第5巻(現代編) 米沢市史編さん委員会、米沢市、1996.3